写真の歴史。紀元前から知られていたカメラの原理。

      2016/05/26

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道修町Studio(どしょうまちスタジオ)の小柳宣昭です。
カメラの歴史で外すことの出来ないピンホールカメラ。
その現象は紀元前から知られていたそうです。
そんな写真の誕生話をちょっとだけお話します。

参考資料
キャノン サイエンスラボ・キッズ カメラの歴史をみてみよう

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ピンホールカメラの原理

暗い部屋の屋外と接する壁に小さな孔を開けると、その反対側の壁に外の風景が逆さになって現れる現象。
この現象がピンホールカメラの原理で、古代ギリシャの時代から知られていたそうです。

日本では、この現象に驚く浮世絵を葛飾北斎が残しています。

「さい穴の不二」 葛飾北斎(1834)
「さい穴の不二」葛飾北斎(1834)

カメラの語源、カメラオブスクラ

16世紀ごろ、この現象を用い絵画を描くことが欧州で始まります。
ただ、小さな孔では像が暗くぼやけているので、レンズを取り付けた装置が考案されます。
これが暗い部屋という意味のcamera obscura でカメラの語源となっています。
camera-obscura
カメラオブスクラ(カメラ・オブスキュラ)

像を定着させるのに苦労

19世紀に入るとcamera obscuraに映し出された像を人の手で描くのではなく、直接固定しようという研究が盛んになります。

1826年にフランスのニエプス兄弟が像の固定に成功しますが、鮮明ではなく像を固定するのに(露光) 8時間かかり写真の実用とはほど遠いものでした。

写真の誕生は1839年。

ニエプス兄弟の研究を引き継いだダゲールが、「ダゲレオタイプ」という銀板を用い鮮明な映像を短時間(30分)で固定させることに1839年に成功し、この年が写真誕生の年とされています。

この写真の特許をフランス政府が買取り、無償公開したので、写真は一気に広がりました。
初めての人物写真
ダゲールが撮影した写真

超駆け足で。。。

その後、露光時間は飛躍的に短くなり、像を固定させるものは、銀板 → 銀粒子をガラスに塗布したもの → 銀粒子をフィルムに塗布したもの、に変化し。。。
やがて光の強弱を電気信号に変換するセンサーが発明され、現在のデジタルカメラが登場します。
1世紀半を数行で終わらせました。。。

福翁自伝より

この少女と写っている人物は誰でしょう?
タイトルで答えを言ってますね。
福沢諭吉さんです。

ご存知のように福沢諭吉さんは安政6年(1859年)に咸臨丸で渡米します。
この写真はサンフランシスコで撮影したもので、少女は写真館の娘さんです。
アメリカ滞在中、この写真を使節団一行には一切見せず帰国途中、燃料を補充するために寄港したハワイを出航した日に船中の人に見せてたそうです。
この写真は慶應義塾福澤研究センターで保管されています。
福沢諭吉と少女
福翁自伝より

最後に

カメラの原理はcamera obscuraから変わらず、スマホカメラも
・レンズ
・暗い空間
・像を捉えるもの
から成り立っています。

カメラが先に誕生し、像を保存できる技術が確立したことで写真の歴史が始まりました。
また機会があれば、カメラや写真の歴史を話そうかと思います。
お楽しみに。。。

この記事を書いた人

こやなぎのぶあき
こやなぎのぶあき
写真撮影と動画制作の「道修町Studio」を運営。
また、写真作家としても活躍し、個展やグループ展に多数参加。
写真とカメラに詳しいのはもちろん、家電やPCにも詳しく、気軽に購入相談ができるので重宝がられている。

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